至福の読書・魅惑の世界旅行

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シシリー島「最後の詩集」長田弘

     「シシリアン・ブルー」

 三千年の歴史だって一日に如かない。

朝から夕方までそして夜まで。

人は、一日一日を生きて、

いつかいなくなるのだ。

ただ、青い世界を

後にのこして。

    ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 詩人・故長田弘氏との出会いは、学生時代に遡る。その当時から雑誌クロワッサンで定期的に本特集が組まれており、今は亡き女流作家の森遥子さんが推薦していたのが、氏の散文詩集「深呼吸の必要」であった。あれから長い年月を経て、数えきれない数の本が自分の本棚を通り過ぎていったが、氏の本はいずれもまだ手元に残っている、恐らくこの先もずっと。詩集のみならず紀行文やエッセイなども数多く出版されているが、ささくれだった心持ちが 森の奥にひっそりと鎮座する湖の湖面のように穏やかを取り戻すことのできる、いずれも秀逸な本ばかり。深呼吸を必要とする現代人にまずはこの「深呼吸の必要」を必読の書としてお勧めしたい。

 残念ながら、氏は2015年に他界された。全てを察していたかのように 他界する直前に分厚い全詩集が、そして死後間もなく青い表紙が印象的なこの「最後の詩集」が出版されたのである。旅先で海を眺めながらページをめくりたくなる1冊、その冒頭の詩が「シシリアン・ブルー」である。

  かつてイタリアを訪れたゲーテは、シチリアを絶賛し 次のような言葉を残している。

シチリアなしのイタリアというものは、われわれの心中に何らの表象をも作らない。シチリアにこそすべてに対する鍵があるのだ」

 シシリー島を100字以内で説明するなら ”ブーツの形をしたイタリア半島のつま先に、僅か3キロのメッシーナ海峡を隔てて地中海のほぼ中央に鎮座する地中海最大の、しかし四国より少し小さな島” とでもいえばよいだろうか。

 チュニジアのボン岬迄およそ150キロ、首都ローマへ行くよりアフリカの方が断然近いという立地も相まって、入れ替わり立ち替わり外国人支配が長く続いた。ギリシャカルタゴ古代ローマビザンチン、ノルマン、ヨーロッパ王家と目まぐるしく通り過ぎる人々を見守り続けた樹齢千年を超すというオリーブの老木が、ギリシャ神殿の傍らで今も無言のままじっと佇む。かつてギリシャ人が植民都市を築いた為 古代ローマの遺跡よりもむしろ古代ギリシャの遺跡が印象的な島なのである。

 その先に目をやれば、シエスタから目覚めたばかりのようにぼんやりと滲む水平線、海も空も三千年の歴史を飲み込み、どこまでもひたすらに青い。

「皺一つないおおきな青い絹のシーツを、日の光のなかに見えない両手で思いきって敷きのべたような海だ。地中海だ」

 長田弘著「失われた時代」

 本の中でまだこの先もずっと生き続ける氏へ、次の詩を贈ろう。

「オリーブの間を吹き抜ける風は、野から野へと渡るように気ままに

汝の胸の中に入って来た。その風は地球を外衣のように包み

我々の目には贈り物のように、空を青く染める

生きていたときには、白い海に似た生命の呼吸が波打っていた

太陽に照らされた白い海の愛の波間に

今や死の安息が訪れ、平穏のうちに眠っているのだ」

  ミゲール・デ・ウナムーノ著「 ベラスケスのキリスト」

     <絶景のタオルミーナ

「あそこの海は青い。こんな話を聞いただけで、その“青さ”を確かめずにはいられなくなる」  西江雅之著「東京のラクダ」

こんな人にお勧めなのがシシリー島である。

 シシリー島を含むイタリア南部は風光明美な場所がいくつもあり、甲乙つけがたい。しかしながら かつて「グランブルー」という映画に登場したタオルミーナは格別だ。海抜250メートル近くの斜面にへばりつくように形成された町、眼下に丸く弧を描くタオルミーナ湾、冬であれば山頂に雪を被るエトナ火山が背後にそびえる。

 ある時 絶景レストランでの夕食から戻ったご夫婦が、興奮冷めやらぬ様子で 熱く感想を語られたのが強く印象に残る。エトナ火山山頂から花火のごとく赤く燃ゆる溶岩噴火の様子を一望にできたとの事だった。

 因みにタオルミーナはヨーロッパでも有数のリゾートではあるが、ハワイのようなリゾートでではないので念のため。高級リゾート故 物価は高め、斜面という地形の制約上 立地の良いホテルも限られる。リゾートという場所柄 個人旅行でのんびりゆとりをもった滞在が好ましいが、日数や予算等諸事情がそれを許さない場合 残された選択肢は自ずとパッケージツアーになってしまう。但しツアーの多くは2連泊といいながら最初の晩は夕食を食べて寝るだけ、翌日観光とフリータイム半日ずつで実質1日の滞在が大半なのでそのつもりで。

 また日本からの直行便はもちろんなく 往路のロスバゲ(経由地でのスーツケースの積み残し)に注意、過去には手元に届く迄1週間以上要したケースもあった。何しろそこはイタリア、油断大敵 甘く見てはいけないのです。