至福の読書・魅惑の世界旅行

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アマゾン 「ヤノマミ」 国分拓

・…「文明」にどっぷりと浸かった僕たちにとって、深い森での暮らしは快適とは程遠いものでもあった。最初は川の水さえ飲めなかった。…空腹の余り、動く度に立ちくらみがした。仕方なく休んでいると、屋根から巨大な虫が落ちてきた。…蛾、蠍、ゴキブリ、、コオロギ、蝙蝠。どれも大きく数えられないくらいたくさんいて、何よりも無遠慮だった。昼間に森を歩けば蚊やら虻やらダニやらに襲われた。数日で百か所以上を食われた。

・祝祭のための狩りを除けば、彼らは腹がすかない限り狩りには行かない。好きな時に眠り、腹が減ったら狩りに行く。起きて、食べて、出して、食糧がなければ森に入り、十分に足りていれば眠り続ける。「富」を貯め込まず、誇りもしない。男たちは、森で生きてゆくことの合理性のようなものを身に付けているようだった。

・ただ雨だけが降り続ける毎日。雨は時間の感覚を奪い、森の中で生きることの無力さを知らしめ、同時に無力であることを心地よくさせた。ここではまるで違う時間が流れているようだった。僕は時計を見ることが少なくなっていった。

・緊張を強いる「文明」社会から見ると、原初の森でも暮らしは、時に理想郷に見える。だが…甘いユートピアではなかった。文明社会によって理想化された原始共産的な共同体でもなかった。…一万年にわたって営々と続いてきた生と死だけがあった。思えば、僕たちの社会は死を遠ざける。だが、彼らは違う。…「死」が身近にあって、いつも「生」を支えていた。

・彼らが生まれ、殺し、死に、土に還っていく円環を思った。彼らは体験的に自分がその円環の一部であることを自覚しているように感じられた。たぶん、彼らを全てを受け入れている。…森で産まれ、森を食べ、森に食べられるという摂理も、自分たちがただそれだけの存在として森に在ることも、全てを受け入れていると思った。

・東京に戻ってからも、体調は悪化する一方だった。食欲がなかったし、食べるとすぐ吐いた。十㌔以上減った体重は中々元には戻らなかった。…外に出ると、よく転んだ。まっすぐ歩いているはずなのに壁に激突することもあった…なぜか夜尿症になった。

ヤノマミの世界には「生も死」も、「聖も俗」も、「暴も愛」も、何もかもが同居していた。剥き出しのまま、ともに同居していた。だが、僕たちの社会はその姿を巧妙に隠す。虚構がまかり通り、剥き出しのものがない。…ヤノマミは違う。…彼らは暴力性と無垢性とが矛盾なく同居する人間だ。善悪や規範ではなく、ただ真理だけがある社会に生きる人間だ。そんな人間に直に触れた体験が僕の心をざわつかせ、何かを破壊したのだ。僕を律していた何かと百五十日間で見たものは余りにもかけ離れていたから、バランスが取れなくなってしまったようだった。…ダムや堤防が一気に決壊するみたいに、全てが壊れてしまいそうだった。

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「『ヤノマミ』とは彼らの言葉で『人間』という意味だ。彼らはブラジルとベネズエラに跨る深い森に生きる南米の先住民で…原初から続く伝統や風習を保つ極めて稀な部族だった。…アマゾンの奥の、また奥になる未踏のジャングルで暮らしていたため、虐殺や病原菌による絶滅から逃れることができたのだ」

著者はNHKドキュメンタリーの同居取材のため 2008年から翌年にかけて4回に分けて計150日をこのヤマノミ族と共に暮らし、その滞在の記録が本書である。カルチャーショックという軽い言葉ではとても言い尽くせない衝撃とも言える彼らの暮らしぶりが詳細に語られる。文句なしに面白い。上記に引用したようにアマゾンの奥地に150日の滞在の結果、著者は心身のバランスを崩してしまう。しかし「それは不安なことではあったけれども、けっして不快ではなかった」と、そう著者に言わしめるものは一体何であったのか、興味は尽きない。

人から聞いた話では、現代は「風の時代」なのだそうだ。ヤノマミ族の集落は彼らの言葉で「ワトリキ」と呼ばれ「風の地」という意味である。しかしアマゾンのジャングルのイメージは、風というよりはむしろ、ガルシア・マルケスの小説の世界にあるような混沌としたものだ。

同様に潜入取材したルポルタージュには、本田勝一著「カナダ・エスキモー」があるが、甲乙つけがたい、北の横綱と南の横綱という感じ。更に「極限の民族」は、このカナダ・エスキモーの他  ニューギニア、アラビアの遊牧民ルポルタージュを一冊にまとめたもので、本田氏は世界各地の秘境を潜入取材した強者だ。

   <アマゾン河>

「アマゾンに季節があるとすれば、雨季と乾季しかない。ブラジルでは雨季を冬、乾季を夏と呼ぶが、彼らには季節に関する特別な呼び方はないようだった。五十を超える雨の名前があるのに季節の名前はない」

アマゾン河を訪れたのは一度きり、かなり昔のことだ。印象深かった点は、滞在中とにかく蒸し暑くてげんなりさせられたことと、アマゾン河クルーズでピラニア釣りをした後 釣ったピラニアを船内で調理して昼食に食べたこと、以上。

リオのカーニバルも確かに一見の価値はあったけれども、自分にはアマゾン河クルーズの方がその何倍も楽しめた。 いかんせんブラジルは遠い。着くまでに機内食4回、アマゾン(マナウス)までなら5回、ブロイラーの気持ちがわかるような気になってくるというものだ。

<To be Continued>