至福の読書・魅惑の世界旅行

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スイスアルプス「アルプスの少女ハイジ」ヨハンナ・シュピリ

現し世の 姿うすらぎ

暗闇に 閉ざされゆけば

魂は いよいよ明るく

さまよいし 旅路の果てに

故郷を 見いずるならん

・やがて五月になりました。新鮮な春の流れが山の上から谷間へと注いでいました。暖い日光は山の上に輝き、あたり一面は緑色になって、残りの雪もすっかり消え去り、日ざしに誘われた花は草の上に頭をもちあげていました。山の上のほうでは、若々しい春風が樅の木の枝をゆり動かし、もっと高いところには、以前のように大きな鳥が輪を描いて青空を飛びまわっていました。

…あたりがだんだん緑色になっていって、やがて六月にとなりました。太陽はいっそう暑く日も長くなり、山には一面に花が咲き乱れて、いたるところにいい香りが漂っていました。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 日本ではTVアニメであまりにも有名な「アルプスの少女ハイジ」その原作小説である。作者はチューリッヒ近郊の農村出身の女流作家、故郷の豊かな自然をこよなく愛し、また篤い信仰心の人物だったであろうことが小説全体から読みとれる。ドン・キホーテ同様、登場人物にはちょっと性格の悪い人物やひねくれた人物はいても 悪人はほぼいない。そしてハイジのまわりの人物はなぜか皆 次々に幸福になっていくというプラスの連鎖の物語、五月晴れのどこまでも澄み切った青空のような物語。不合理とストレスだらけの日常の中でクタクタに疲れ切った現代人に一種の清涼飲料水のようなすがすがしさを補給してくれる。「フランダースの犬」同様、所詮は子供向けという先入観を取っ払って読んでみると意外にも感動して泣けてくる。

 かつてこれら日本のアニメが数多く海外に輸出されていた時代があった。その当時は各国のホテルのTVを朝つけると、かなり高い確率で日本のアニメを目にしたものだ。むろんそのままでは現地人に理解できない為 各国の声優によって吹き替えて放映されていた。『巨人の星』のようなスポ根ものはドイツ語がしっくりくるし『ハクション大魔王』のようなコメディタッチのものはイタリア語だと違和感なく、不思議なことにイタリア語で星飛雄馬のお父さんがちゃぶ台を蹴飛ばしても全く怖くはなかったりする。そしてそれらを見て育った世代はアニメから日本もしくは日本語に興味をもった人が少なくなく、思いのほか日本語を話す人の割合が多い世代でもある。

 さてこの作品の舞台となったのはマイエンフェルトという村、及びその背後に続く山あいであり、スイス東部に実在する。現在マイエンフェルトの公園にハイジの銅像も設置されている。日本人はハイジと聞くと即、あのアニメのプクプクとあどけない姿を想像してしまうが、アーティストが製作したのは アニメではなく人間の少女像だ。従ってアニメのイメージとはかけ離れている為 肩すかしというか がっかりしてしまう日本人が大半だ(アニメの印象が余りにも強すぎる為 ある意味仕方がないことであるが、 ベルギーのアントワープ郊外ホーボーケンに設置されたネロとパトラッシュの銅像でも全く同様のことが言える)小さな村を通り過ぎて山あいに進み、大型車の通れない細道を15-20分ほど歩くと「ハイジの家」に着く…と言ってもそもそもフィクションであるから、それらしい山小屋を移築して「ハイジの家」と名付けたに過ぎない。しかしそれはそれでのどかな散歩が楽しめて悪くはない。せっかくのスイス、三大名峰やハイキングを目的とする人には少々邪道かもしれないけれども。

<ハイキング ハイジの白パン スイス料理>

 スイスのツアーはどこかで1回ハイキングを組み込んだ企画が一般的で、その多くは万人向けの初級コースだ。観光国スイスのハイキング道はすばらしい。かつて連日ハイキングという体育会系のようなツアーでスイスとフランスを連日歩き、その道の違いを実感させられた記憶がある。フランスの道はワイルドだった…

 高山植物目的なら7月が最も良い。6月下旬だと若干早く、6月上旬ともなれば残雪でハイキング自体まだまだ不可能なコースが多い(むろん歩くコースの標高により大きく異なる)逆にお盆の頃になると花が枯れたり 放牧の牛が花を食べてしまう(と山岳ガイド氏から聞いた)ので見劣りがする。山の天気は難しい。晴れればポロシャツでもOK、悪天候であれば一転 防寒具必携だ。

 ところで ハイジの白パンについて。

…ハイジは自分の皿のわきにすてきな白いパンがあるのを見ると、喜びに目を輝かせました。

…おばあさんに白パンをあげたらどんなに喜ぶだろうと思って、またバスケットを開けて見ました。

「…それからね、おばあさんはもう固いパンを食べなくてもいいのよ。ほら」

ハイジはバスケットから白パンを一つ一つ取り出して、おばあさんの膝の上に12個パンの山を築きました。

「ハイジだね。また来てくれたんだね」

…そして、白パンはとてもおいしくて、おかげでだいぶ元気が出たようだなどと言いました。

「ばんざい。おばあさんは固い黒いパンなんか食べなくていいんだわ」

ハイジは嬉しくなって叫びました。

ここまで「白パン白パン」と連呼されると 誰もが どんなに美味しいパンなのだろうと興味津々になってしまう「アンデルセン」など幾つかのパン屋には「ハイジの白パン」という名のパンも売られているが、実際のところ 現在 普通にスイスはじめヨーロッパ各国で でまわっている精製小麦のパンのことだろう。この本が出版された1881年当時はまだ 現在のように精製小麦を使用した白いパンは一般的でなく、とりわけスイスやドイツ、北欧のような寒冷地ではライ麦を使用した黒パンが主流であった。この本を読んでもわかるように、当時の白パンは一般庶民の食べるパンではなく、貴族やお金持ちだけが口にすることのできたパンだ。日本でも一昔前は庶民は麦飯を食べるのが普通で、白米が「銀シャリ」と呼ばれ特別視されていたのと同じように。しかし 時代は流れ ハイジの時代から150年近く経った今、麦や米の価値観は180度変わった。欧米の意識高い系(?)の人の多くが、全粒粉やライ麦パンを選択し、白い精製小麦を嫌煙する傾向が顕著だし、お米だって玄米や胚芽米、もしくは雑穀を混ぜるなど健康志向著しい。

 いずれにしろスイスという国は美食の国とは言い難い。それはパンひとつとっても同じことが言える、と思う(個人的にパンはドイツとトルコが最も美味しいと思う)有名なスイス料理は、複雑な調理を必要としない山小屋料理的なものばかりだ。チーズフォンデュはいわゆる鍋料理だし、ラクレットはチーズを溶かしてジャガ芋とピクルスの用意だけすれば 即食べることができる。ハイジやピーターに良く似て料理も素朴だ。ハイキングの後のランチなら スープランチも悪くない。寒冷地のスープは定番メニューのひとつで、マッシュルームスープ、トマトスープ、オニオンスープ、野菜スープ等種類も豊富な上、比較的当たり外れの少ないスイスでは無難なメニューである。但し 日本人には塩辛い場合が少なくないのが難点、それがクリアできれば少なくとも茹で過ぎパスタより美味しく パンも付くので、他にミックスサラダでも注文すればランチには十分、バランスもよく何よりヘルシーでオススメ。かつてスイスツアーで最初に食べたトマトスープが美味しくて、その後もずっとトマトスープを注文していた方がいたことを思い出す。スープとサラダだけじゃ物足りないという方には、別腹デザートにバニラアイスのホットチョコレートソースがあれば申し分ない。

「驚異的に美しい一行ではじまるんだ。…『なぜ、つねにトマトスープでなければいけないのか?』ここには深淵な真実がある。そう思わないか?トマトスープは恐ろしいくらい永遠だ」

  マンスフィールド著「幸福・Bliss」