至福の読書・魅惑の世界旅行

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イスタンブール「オリエント急行の殺人」アガサ・クリスティ

・現代でこそオリエント急行の旅は優雅なものですが、1930年代にロンドンからイスタンブール、さらにその先に列車で向かうことは現在とは比べものにならない危険を伴う冒険でありました。フランスから、イタリア、トリエステを経由して、バルカン諸国、ユーゴスラビアイスタンブールまでのオリエント急行は、交通手段であるだけでなく、異文化との出会いの場でもあったのです。

…当時の旅行を想像してみてください。それは、みなさんが日頃しているような、…隣り合わせた人と口も利かなかったり、本に没頭して周囲と関わりを持たないような旅行ではありません。当時の旅行は、道連れになった人と友人になったり、停車した駅でお土産を売っている地元の人と交流したりする社会的な一大イベントでした。…旅は人生そのものであり、冒険だったのです。(アガサ・クリスティの孫による まえがきより)

・ウサギをつかまえたいときは、穴にイタチを入れるんです。そうすれば、なかのウサギが逃げだしてくる。

・嘘には嘘の利点がありましてね。嘘をついた者に真実を突きつけてやれば、たいてい、びっくり仰天して、嘘をついたことを認めるものです。ただし、効果的にやるためには、嘘かどうかをちゃんと見きわめなくては。

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 著者は自身の自伝の中で「列車はつねにわたしの大好きなものの一つであった」と語っているが、この「オリエント急行の殺人」は彼女の代表作の一つに数えられる名作中の名作だ。1974年と2017年の2度にわたり「オリエント急行殺人事件」として映画化もされた。

 イスタンブールを出発したオリエント急行は、途中 旧ユーゴスラビアの山間部で大雪の為に足止めを食らってしまう。やがて車内で殺人事件が勃発、偶然 列車に乗り合わせたエルキュール・ポアロが事件解決をはかるという筋書き自体はよくあるものだ。しかし予想を覆すとかではなく、そもそも予測できない結末に舌を巻く、傑作とはかくあるべし。

「それにしても鉄道の旅というのは長くて、退屈なものですな」「さよう」「だが、時間は必ず過ぎてゆく」 ヴェルヌ著「八十日間世界一周

 列車の旅で時間を持て余した時は本のページをめくってみるのがよい。ひとしきりページをめくったその後で、流れゆく車窓の景色同様、時間が過ぎ去ったことに気づくだろう。車中で読むべき本として、果たしてこれ以上相応しい本があるのだろうか。

   <飛んでイスタンブール

イスタンブールにはまだ一度も行ったことがないのでね。素通りしてしまうのは惜しい。…ガラタ橋に到着すると、タクシーでまっすぐトカトリアン ホテルへ向かった。…こうして、ヨーロッパ大陸を横断する三日間のオリエント急行の旅が始まったのだった」

 この作品はその大半がオリエント急行車内で始まりそして終わる為、イスタンブールは物語のはじまりにさっと通り過ぎるだけである。しかしこれから始まるであろう事件に対する期待と高揚感、伏線を探る気持ちが相まって、思いのほか強い印象を残している。イスタンブールを観光で訪れ、アガサ・クリスティが宿泊し執筆したと言われているペラパレスホテルの前を通過するときまって現地ガイドが、この著作と映画を話題に取り上げる。本や映画の影響力を思い知る瞬間だ。

 前述のようにイスタンブールを素通りするはあまりにも勿体ない。そもそもイスタンブールのみならずトルコという国全体が見どころ満載の観光国なのだ。観光国であると同時に有数の農業国でもあり食料自給率は100%を超すという実に羨ましい国でもある。小麦は輸出するほどの生産量を誇り、個人的にパンはトルコとドイツが最も美味しいと思っている。特に香ばしいゴマパンが好きだ。トルコでは毎朝ゴマパンとオリーブとトマトときゅうり、そして卵料理でもあれば十分。実際のところ トルコの朝食はヨーロッパと違い品数豊富なビュッフェなのだが。因みにゴマパンにはトルココーヒーではなくチャイが合う。

 日本からは往復の飛行機を含め最低8日は必要、しかもこの8日という日数は効率のよいパッケージツアーに参加した場合なので、個人旅行であれば10日以上でないと主な見どころを網羅するのは難しいと思われる。いわゆる新幹線のような高速鉄道はなく、バスで観光地から観光地へ移動するのが一般的でバスの移動時間は必然的にかなり長い。従って全行程バスというのはかなりの強行軍となり、カッパドキア地方とイスタンブール間は国内線の飛行機利用するのが無難である。首都アンカライスタンブール間で寝台列車を利用したこともあるが、揺れたり停車したりで熟睡できるとは言い難い(しかしそれはトルコに限ったことではなく、例えばブルートレインとかの高級寝台列車でも同様、日本も含めて例外なくおよそ全ての寝台車に言えることだ。確かに旅情たっぷりではあるのだけれども)

 旅のポイント、通貨について。現地通貨のトルコリラは不安要素が大きく、成田では両替できるが、羽田ではできない。そもそも現地で両替すべき通貨である(一般的にマイナーな通貨は現地で、米ドルやユーロ等メジャーな通貨は日本で両替するのが好ましい)因みにイスタンブール空港の国際線ターミナル内店舗の多くは、価格表示がトルコリラではなくユーロである。つまり外貨使用可能なところも多いから、以前の旅行で手元に残っている米ドル、ユーロ等があれば持参すると便利、日本円については小額紙幣の千円札を多めに持参するのが良い。トルコリラへの両替は僅かで良い。

 カッパドキア地方は高地で標高1000m前後、冬は雪も降る、防寒具必携。地中海性気候のイズミ―ルやイスタンブール辺りは冬場に雨が多い。夏は夏でトルコ全域ほぼどこに行っても暑い。特に遺跡の見学は日陰も少なく体力を消耗しがち、日傘や帽子の持参が好ましい。

 イスタンブールハブ空港とするのがフラッグキャリアトルコ航空だが、健闘している、印象は悪くない。まず機内食が大方の予想を上回る内容だ。機内エンターテイメントも充実しているし、エコノミークラスでもアメニティにスリッパが含まれる稀有な航空会社である。新イスタンブール空港は巨大過ぎて草臥れるけれども、トルコ航空のラウンジは最高ランク(ビジネスクラスを利用する等しないと使用できないが)JALのさくらラウンジもANAラウンジも正直負けている感…頑張れニッポン。