カンボジア「王道」アンドレ・マルロー
・…かたちが変わるんだよ、思い出ってやつは…想像力ってのは実に不思議なもんだ!おれのうちにあって、おれとは縁がない…想像力…そいつがいつも穴埋めをする…
・記憶ってものはな、…一家の神聖な地下の埋葬所みたいなもんだよ…生きている者よりももっとたくさんの死んだ連中と暮らしているのさ…
・…他人が捜さないところに自分の武器を捜さなければならない。自分の孤立を自覚する者がまず自分に要求しなければならないのは勇気である。…人生に究極の目的などは与えられていないということが、行動のひとつの条件になっていた。このように未知なものをいらいらとあらかじめ考えることを、偶然に身をまかせることと混同するなどとはばかげている。自分自身の姿を、沈滞した世界のものとはさせておかずに、そこから奪い返すことだ…
・かれは自分自身にはほどんど執着していなかった。たとえ勝ち目はなくても、自分のたたかいをこうして…見つけたといってよい。ところが、自分の存在の空ろさを癌のように生きながら受けいれ、死の生暖かさを手に感じて生きなければならない…自分の分以上のものを所有し、日ごと眼にしている人々の埃のような生活から逃れることが必要だった…
・青春とは、いつかは改宗しなくちゃならない宗教のようなもんだ…
・人生は材料で、それをどうあつかうかを知ることが問題なんだーー
・「強烈に死を意識して死にたいんですね、その…病気になったりしないで?」
「…死を前に味わう、生の不条理から来る興奮はきみにはわかるまいな…おれは死を見届けようようとして生を過ごしてるんだよ。…敗北の人生にも何か…満足すべき何かがあるよ…おれが自分の死を考えるのは死ぬためじゃなくて、生きるためだからね」
その張りのある声はまさしくひとつの情熱を示していた。闇の深みと同じようにはるかに遠い深みから流れ着いたもののような、希望のない、胸を突き刺すような歓喜がそれである。
・たとえ遠くても死ぬってことがわかると、ためらいなしに自分が何を望んでるかってことが突然わかるんだよ…
・りっぱに死ぬって方が、…りっぱに生きるってことよりおれにがずっと重要かもしれんな…
・しかし、苦しみがまだかれの友を死から守っていた。苦しんでいるかぎり、かれは生きていたからだ。
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かつてインドシナの地にアンコールワットやアンコールトムを築き栄華を誇ったクメール王朝。そしてその地へと続く道「王道」。この「王道」という本のタイトルから思い浮かべるイメージとは裏腹に、ひとりの人間の死にゆく過程が丹念に綴られる。著者自身の体験に基づいた小説である。舞台はかつてクメール王国が存在した現在のカンボジア、熱帯雨林に埋もれた かつての王国の遺跡を求めて二人のヨーロッパ人が異国の地を旅する物語。
強く共感を覚えるのは、自分が死にゆくその時にその過程を意識しながら逝きたいという思いだ。それは眠ったままとか、眠るようにとかではなく、また事故死とか昏睡状態とかでもない。嗚呼 自分は死ぬのだと、意識しながら息絶える。それは長い人生の中でたった一度しか味わうことができない、最初で最後の瞬間を。
カンボジア最大の観光地であり世界遺産、アンコールは王都、ワットか寺院の意。アンコール朝の時代のヒンズー教寺院の遺跡が熱帯ジャングルの中に点在、世界的にもかなり見ごたえのある遺跡群である。観光の起点シェムリアップの町にはホテルが立ち並び、観光の合間には地元の市場を見学したり、タイ式マッサージ等も楽しめる。
言うまでもなく遺跡は素晴らしいが、とにかく蒸し暑い土地柄である。ホテルに戻る度に着替えたくなるので、1日1枚の着替えでは足りず、少なくとも滞在日数×2枚は用意したい。遺跡は階段や起伏も多く日本人女性の大好きな日傘は微妙、つばの大きな帽子に小ぶりなバックパックという両手のあくスタイルが好ましい。
ところでカンボジアで入手した胡椒の美味しさに感激した。いつもスーパーで買っている胡椒とは香りが全然違う。ピリッとした辛みとふわっとした芳香が食欲を増進させる料理の要、たかが胡椒されど胡椒なのだ。中世の時代のヨーロッパでは金銀ほどの価値を持っていた胡椒の原産地はインドだが、現在カンボジアのカンポット州は世界有数の胡椒の産地として知られている。軽く嵩張らずお土産にもってこい、オススメです!