至福の読書・魅惑の世界旅行

読書の海・世界の空  海外添乗歴30年  元添乗員の読書&海外旅行案内

アイスランド「地底旅行」ヴェルヌ

・「時間のためさ!時間は、とりかえしがつかないほど速く過ぎるものだからな!」

・「…書物というものは知識欲のさかんな人たちの目から遠く、鉄格子のかなたでかびくさくなってしまうものではなく、読者の目にふれて、ぼろぼろになるべきものと考えています」

・…完全な無関心さがうらやましかった。…原因や結果のことなどはあれこれせんさくしないで、運命に導かれてどこへでもだまってついていくのだった。

・「いいかね、科学というものは、誤りからできているものなんだよ。といっても、それはおかしてもいい誤りなのさ。そうした誤りのおかげで徐々に真理に導かれるのだからな」

・このアイスランド人は、自分の意志などにはまったく目もくれず、ひたすら主人に服従を誓っているらしい。…こうなったら前進するのみである。

・われわれの目はみたと思ったものを実際にはみていなかったのだ!

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 スケールの大きな夢とロマンの冒険物語。伏線が張り巡らされた複雑怪奇なストーリーで途中で挫折し、放り出してしまいたくなるような物語とは対照的に、トリックとか伏線とかの一切ない老若男女が共に楽しめる健全なる良書。絶体絶命の場面においてもふつふつと醸し出される鷹揚さが、百年以上昔というその時代の空港感をも伝えている。猪突猛進の主人公が真っ向勝負で体当たりするさまは、読む者を爽快な気分にさせてくれる。最後に彼らが行き着いた先はちょっと意表を突いていたが、それもまたよし、だ。

 鉱物学を専門とするリデンブロック教授はある日、アイスランド錬金術師が書き残した古文書の解読に成功、それが地底探検のきっかけとなる。羊皮紙にラテン語で記されたその内容は、アイスランドの死火山の噴火口から地球の中心部まで達する道が通じているというものだった。教授は甥のアクセルを引き連れアイスランドへ、そして現地で漁師のハンスを案内人として雇い、3人の地底旅行・冒険の旅が始まる。

「運命の導くところなら、いかなるところへも行こう」という古代ローマの詩人ウェルギリウスの言葉を著者は引用し、そして逆境の主人公に次のような言葉を吐かせるのだ。「これはわたしがはじめた旅行だ、だから最後までやる」「運命はわしにこんなひどいいたずらをする!…よし!わしの意志の力をみせてやろう。負けないとも。一歩もあとへはひかないぞ」「心臓が動いているあいだは、肉が生きているかぎりは、意思の強い人間が絶望に負けてしまうことはゆるされんのだ」…彼は<垂直的人物>だからである。

 どこまでも前向きでへこたれない主人公の行き着く先は果たして…詳しいストーリーは読んでのお楽しみ、いざ行かん、読書の旅へ。

 

「挑戦する自己の行為を、長く継続的に行ったものだけに、深遠な海底のような平安が訪れる」

  執行草舟著「友よ」

 

 主人公が旅に出るきっかけとなったのが、16世紀の錬金術師が残した古文書である。「錬金術錬金術師」について長い間、今一つピンとこないままだった(既に半世紀以上生きてきたというのに)何しろこの現代社会では錬金術について理解していなくたって困ることなど何一つないのだ。が、せっかくなので調べてみた。

錬金術とは、『賢者の石』といわれる恐るべき力をもつ伝説の物質を創造することに関わる古代の学問であった。この『賢者の石』は、いかなる金属をも黄金に変える力があり、また飲めば不老不死になる『命の水』の源でもある」

  J.K.ローリング著「ハリー・ポッターと賢者の石

古代エジプトが発祥の、原初的な化学技術」「…錬金術というのはいわゆる職人芸なのです。要するに、一子相伝のような厳しい師弟関係の世界であり、長い人格的修行を伴うものだった。錬金術をマスターすれば、今でいう化学実験を縦横無尽に行う能力を身につけることになるので、化学分析や化学合成によって、毒物でも何でも作り出せる。…ところが今は、錬金術ではなく「化学」になって、あらゆる化学変化をすべて化学式で表わすようになっています。これにより、道徳観念のない者でも毒物を合成したり出来るようになったのです。この誰でも出来る、誰でもわかるという部分が、ここ2-3百年の間、世界中の人々にとって、とても大きな魅力になっているのです。それが何を生み出したかを見ればわかるように、その魅力というのは要するに悪魔を見出した魅力なのです。…人間のもつ原罪の一つだと言ってもいいでしょう」

  執行草舟著「生命の理念Ⅰ」

 生み出されたものは、ナチスの毒ガスにベトナム枯葉剤地下鉄サリン事件金正男暗殺事件etc…、執行氏曰く、現代人は「悪を悩む力」をも既に失ってしまったのだそうだ。確かにそうかもしれない。「地獄には地獄の名誉がある」と言ったダンテの言葉を思う。そして「地獄の名誉」すらも失った我々現代人の行く末を思い煩うのだ。

   

    <なにもない心地よさ>

 アイルランドと一文字違いアイスランド、いずれもヨーロッパの北の僻地に位置するこれらの小国は、いかにも地味な存在だ。しかし個人的には共に好きな国である。それを仕事仲間や友人知人に話すと大抵不思議そうな顔をされる。そして次にもれなくこう聞かれる「どこがいいの?」と。私は答える「何もないのがいい」と。イタリア・スペイン・フランスのような見どころ満載の観光大国は、確かに素晴らしい。しかし時々、人が多過ぎて、見るべきものが多過ぎて、疲弊してしまう。その点アイスランドは観光地や美術館で気がつくと人の背中ばかり見ているなんてこともないし、あれも見なきゃこれも見なきゃという不要なプレッシャーで息苦しくなることもない、時間に追い立てられることもない、渋滞もない、女性WCの行列もない、のである。

 時々これでもかと予定を詰め込んだパッケージツアーに同行しながらふと思うことがある。台風のようだ、と。見たはずの絵画は確かに視界に入ってはいたけれどそれは果たして鑑賞したと言えるのか、食べたはずの料理も何処で何を食べたのかさっぱり思い出せない、観光地では記念写真という名の証拠写真をひたすら撮りまくる。最後に残るのはただ上陸して通過したという事実とスマホに大量に保存された似たような写真。一方アイスランドでは氷河の流れのように、とてもスローな時間が流れている。

 主人公のセリフ。「レイキャビックの2本しかない通りで道に迷うなんてことは、まずありえないことだろう。…わたしは道をきく必要もなかった」…著者の時代から1世紀以上経た今でも大して変わっていない。まあ、しかし「なにもない」というのはいわゆる言葉の綾で、初めて訪れたなら見るもの、体験すべきことはそれなりにあるので心配無用。

 例えば「ブルーラグーン」がある。「アイス」ランドと言いながら実は熱い土地で、世界的に有名なこの温泉施設は地熱発電の排水を利用しており、皮膚病の効果がうたわれている(実はアイスランドの電力は100%自然エネルギー、その内の2-3割が地熱発電だそうだ)欧米は一般的に水着着用なので、日本人には一見すると巨大プールのように見えなくもない。また37度程度の湯温は日本人にとってはかなりぬるめだが、体温高めの欧米人にとってはそれが適温なのだろう。自分が訪れた9月は一度入ると外が寒くて出られなくなり、随分と長湯してしまった…

 次にアイスランド語で裂け目という意味のギャウと呼ばれる地溝帯もある。貴重な観光スポットの1つだ。日本で地震が起こる度に「プレート云々」という話しが繰り返されるが、アイスランドも2つのプレートに跨っている。しかもなんとその境が地上に露出しており、この目で見ることができるのだ。但し裂けた2つのプレートの深い谷底が地割れのような状態で見られるとかいうものではなく、何も言われなければ気づかずに通り過ぎてしまう。期待が大き過ぎると現実とのギャップにがっかりする懸念のあるスポットでもある。実はこうした地溝帯はもう1つアフリカにも存在する。気が遠くなるほどに遠い将来、アイスランドは2つの島に、東アフリカも切り離されて島となる可能性があるそうだ。

 更に季節によってはオーロラチャンスもある。

「本当なら、もう夜になる時刻だった。しかし、北緯65度の緯度の極地で、夜の明るさに驚かされるようなわたしではない。アイスランドでは、6月と7月のあいだ、太陽が沈まないからである」

と主人公も言うように、北極圏以北では夏至の前後一定期間、太陽は沈まないし、逆に冬至の前後は地平線の上に上ってこない。夏場の日照時間は異常に長く、冬場は異常に短い。夏至を境に日照時間は加速度的にどんどん短くなり、9月に入ればそこそこ暗い時間帯が続くようになる。オーロラチャンスの到来だ。アイスランドは周囲の海の影響を受け、真冬でもアラスカやカナダのようにマイナス30度という驚異的な寒さにはならない。つまり極寒に耐えながらその出現を待つという、我慢大会のようなことはない。(参考までに…アラスカやカナダでは、専用の待機小屋等が用意されている場所も多く、出たり入ったりして暖を取りながらその出現を待つ、というのが一般的。極寒故、屋外に長くはいられない。但しオーロラ「だけ」を目的とするならアイスランドよりも、晴天率・出現率共に高めのカナダ・イエローナイフ辺りの方が見られる可能性は高いと思われる)

 ブルーラグーンと地球の裂け目とオーロラ、そして郊外をドライブすると時々見えてくる滝、それ以外はでこまでも荒涼とひとけのない土地が広がる。それだけ。しかしアイスランドは「食」も楽しめる。ガーリックで味付けた新鮮なザリガニはおかわりしたいほどに美味しかった。ザリガニは北欧諸国で夏場を中心に良く食べられており、食文化は北欧諸国と重なる部分が多い。むろん周囲を海に囲まれた島ゆえ、海産物は豊富だ。

 最後にもう1つ、かつて世界中のニュースでこの国の名前が飛び交ったことがあった。そう、忘れもしない2010年アイスランドの火山が大規模噴火した時だ。火山灰の影響がヨーロッパ全域にわたり、航空機の飛行に影響をきたす為、多くの空港が閉鎖、半端ない数の乗客が足止めを余儀なくされた。その時、私はパリに滞在中で翌日に帰国をひかえていた。結果、やむなくパリに5延泊となったのだ。27-28名位のツアーで、全員分の帰国便確保の為に空港へ行き長い行列に並び、全員一緒に泊れるホテル探しに奔走した。あいにくその時は新婚旅行のカップルが大半だった為、ツアーで利用していた少しばかり高級なホテルにそのまま滞在するには費用面で厳しいと判断した結果だ。その時はとにかく必死にただやるべきことをやるだけだが、こうして後から考えると、正直二度と御免という気持ちしかない。何度こういったトラブルに巻き込まれたことか…そう、旅にトラブルがつきものだ。しかしそれも自らが選択した仕事の結果なら、甘んじて受け入れるしかないのだろう、全ては自己責任だ。

 …それにしてもなぜだろう、あの時パリのオペラ座近くのユニクロは、着替えを購入する日本人で賑わっていた。「いつ帰国?」というある種の連帯感によってもたらされたその場限りの会話を、奇妙なことに今だに映像ごとはっきりと覚えているのだ。