至福の読書・魅惑の世界旅行

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世界一周 「八十日間世界一周」ヴェルヌ

・今回の旅でいちばん難しいのは中国と日本で、そいつが終わってしまったんですからね。あとはもうアメリカまで行けば、ヨーロッパみたいなものです。たいしたことはありません。

・鉄道は文明と進歩の象徴であり、網の目のように荒野に広がって、これから建設される町を結んでいく道具なのである。…汽笛を鳴らしていくだけで、アメリカの地に新しい町を次々と誕生させていくのだ。

・…この旅が愉快でしかたがなかった。…この陽気さはすぐにまわりの者に伝染し、しばらくするうちに誰もが上機嫌になった。…もう過去の失敗は悔やまなかった。不測の事態や危険も心配しない。ただ、目的の達成だけを考えた。

・人はたとえ、まったく意味がなくても、世界一周をするのではないだろうか?

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舞台は1872年ビクトリア朝時代のロンドン、英国紳士のフォッグ氏は彼自身が八十日間で世界一周できるか否かをめぐり、友人たちを相手に大金を賭ける。賭け金は彼の財産のちょうど半分、世界一周の旅費に残りの半分も使うとすると、彼は例え賭けに勝っても財産が増えることはなく、ましてや負けた場合は一文無しになってしまう…にも拘わらず彼は粛々とを準備を整え瞬く間に旅をスタートさせる。何しろ今から150年も昔のこと、飛行機を乗り継いで…という訳にはいかない時代の話しである。

まずはロンドンのチャリング・クロス駅から列車で南に向い、ドーバー海峡対岸のフランス・カレーへ船で渡り、そこから再び列車でパリを経由しイタリア・アドリア海側の港町ブリンディシまで移動、そしてブリンディシとインド・ボンベイを結ぶ定期船に乗船、スエズ運河を抜け洋行遥かインドを目指す。ボンベイに到着後は東のカルカッタまで列車で行くはずが、途中インドならではの理由で象で移動するハプニングが勃発、マラッカ海峡を抜けシンガポール経由で香港に向かう船に乗船できたのは奇跡的だった。更に香港からは横浜経由でサンフランシスコに向かう船に乗船のはずが、またまたトラブルに巻き込まれて乗り遅れてしまう。そこで彼は小さな船をチャーターし乗船予定であった船の経由地・上海を目指す。フォッグ氏の機転によってかろうじてアメリカ行きの船に乗船できた一行は長江を下り東シナ海に出て長崎、そして横浜を経由して無事サンフランシスコに入港、その後は鉄道で米大陸横断しニューヨークへ。そして最後の船旅で大西洋を横断、英国・リバプールに上陸後、鉄道で向かう先は出発地であると同時にゴールでもあるロンドン。はたしてフォッグ氏は80日以内にロンドンに戻ることができたのか。

なんとも爽快・愉快な物語である。様々なハプニングをものともせず、ただひたすら目的地目指して前進あるのみの旅、現代の観光旅行にはない旅の醍醐味に心躍らされる。また、どこかドン・キホーテサンチョ・パンサの関係を彷彿させる主人公フォッグ氏と召使いパスパルトゥーの関係が微笑ましくもあり羨ましくもある。

「フォッグ氏が名誉を大切にするイギリス人だとわかって共感を覚えたのだ。…この男は名誉を守るためだったら、本気で決闘する」

名誉のためなら臆することなく決闘を即決してしまう英国のジェントルマンというのは一体どのような人達だったのか。

「19世紀は、まだすべてがおかしくなる前の、ヨーロッパが一番すばらしかった時代だったのです。もっともすばらしかった時代というのは、すべての人間が『コンプレックスを持っていた』ということです。皆が自分自身の中に歯止めの心を持っているということなのです。…そういう社会で一番すばらしかったのが、あのヴィクトリア朝と呼ばれた英国なのです。一番社会が爛熟していたときの英国なのです。…英国人は、英国キリスト教ジェントルマンというものを築き上げた。…命を張って生きる英国のジェントルマンです。このジェントルマンを生み出した思想が、キリスト教と騎士道の精神なのです。…清教徒が生きている時代にはカトリックの人も、清教徒的だったということなのです。そして、その人たちが一番重要な思想として挙げたことが『心の自由』であり、その思想が結実したものが19世紀の英国ジェントルマンなのです。だから19世紀の偉大なイギリスというのは、偶然生まれたのではない。この清教徒の思想が生み出したのですが、この人たちが一番重要視していたのは、…心の自由のために命をも投げ捨てるという民主主義的思想なのです。…八十日間で世界一周すると皆に約束して全財産を賭け、命がけでやって達成するのですが、要するに自分が言った約束に、命と全財産を賭けるというのが英国ジェントルマンなのです。今の日本人にそれができる人がいるかを問いたい。…英国が世界を制覇できたのはどうしてかというと、この「約束は死んでも守る」というのを、国家ぐるみでやっていた国だったからです」

  執行草舟著「現代の考察」

こうした英国ジェントルマンが19世紀以降もずっと健在であったなら、英国はきっと今でも世界を制覇し続けたであろう。

 

   <空の旅>

島国である日本から外国旅行に行くという時に、車や列車で行くという選択肢がほぼないことは言うまでもない。その点、陸の国境を持つ国の人は車での海外旅行が容易である。ヨーロッパの人々は夏のバカンスシーズンになると自家用車に沢山の荷物を積み、今ではほぼノンストップで通過できる国境を超えていともやすやすと海外旅行を楽しんでいる。もちろん鉄道や飛行機を利用する人々もおり、選択肢は豊富だ。

一方の日本はその手段はほぼ飛行機か船に限定される。近年はクルーズ船の旅も人気だが、まだまだ一般的ではない。日本から限られた日数で行ける船旅は、自ずと目的地が限定されてしまうのが理由のひとつである。一方船旅で世界一周ともなれば、潤沢な予算と時間を必要とするので、これまた一般的ではない。従って日本人にとって海外旅行、イコール飛行機というのが普通だろう。空の旅…機内食を食べ、映画を観て少し眠り、また機内食を食べる…のも悪くはないものだ。

コロナ騒ぎでほぼ鎖国状態になってからかれこれ2年が過ぎようとしている今、閉塞感もピークに達している感がある。世界一周なんて夢のまた夢、海外旅行の本格的な再開までまだ暫くは本の中で空想の旅をして憂さ晴らしに甘んじるしかない。しかし明けない夜明けはない…もう少しの辛抱だ。