至福の読書・魅惑の世界旅行

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バーデン・バーデン「賭博者」ドフトエフスキー

・真のジェントルマンは、たとえ自分の全財産をすってしまっても、動揺してはならないのだ。金銭なぞはそれほどジェントルマンシップより低いものであって、そんなものに頭を悩ます必要はほとんどないのである。

・…いったんこの道に踏みこんだ者は、雪山を橇で滑り下りるようなもので、ますますその早さが増すばかりなのだ。

・それにしても、ここでは時として、なんという恐ろしい運命の嘲笑に出くわすことだろう!

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 賭博というこの悪魔的な娯楽が、いかに容易に人の人生を狂わし転落させるかということ、また人間がいかに欲に流されやすい弱い生きものかということが端的に表現された小説。

 小説の解説によると、作者ドフトエフスキーにはヨーロッパ旅行中、各地のカジノで狂ったようにルーレットをし続け、ドイツの温泉保養地バーデン・バーデンで偶然会ったツルゲーネフから借金をしたり、時計を質に入れたり、兄に送金を無心したりしたという経験があるらしい。この小説が本人の体験に基づいていることは疑いようもない。自分に言い聞かせるかのように執筆する姿が目に浮かぶようだ。

 それが例えスロットやルーレット程度であれ、たった一度でも経験した人にとって、止めどきがいかに難しいということを知らない人はいないであろう。賭けごとの怖いところである。少しでも勝つととたんに もっともっとという欲が止めるという冷静な判断を喪失させてしまう。人間の欲はヒマラヤより高く、日本海溝よりも深い。

 

どんなでたらめをやっても、心さえ歪んでいなければ、最後は必ず正しい道に到達すると思っている。by ドフトエフスキー

人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。by 坂口安吾

    <温泉保養地&カジノ>

 ヨーロッパには古い火山脈が横切っており、太古の火山活動の名残りとして今でも各地で温泉鉱泉が湧き出ている。それはロンドンの南西バースの辺りから中欧ハンガリーの辺りまで伸びており、さしずめ温泉銀座といえる国がドイツだ。ドイツには地名にバッド、もしくはバーデンという単語のついた町が多数存在し、それらはいずれも温泉鉱泉が湧き出る土地で、その代表格がバーデン・バーデン、ヨーロッパ有数の高級温泉保養地だ。

 そうした保養地につきものなのがカジノである。日本でカジノと言うとマカオやラスベガスを連想しがちだが、そもそもカジノの発祥はルネッサンス時代のイタリアに遡る。(実はカジノ以外にもルネッサンス時代のイタリア発祥のものが多岐にわたり存在する)イタリア語で家の意のCASAに縮小語尾がついてCASINO、現在カラオケと同じように世界共通語的に使われているのは誰もが知るところである。かつては貴族やお金持ちの別荘で繰り広げられた娯楽の一環としての賭け事がそのそもの始まりで、その後専門のカジノが生まれてゆく。つまり元々一般庶民のものではなかったから、今でもヨーロッパのカジノには優雅な雰囲気が漂い、ジャケット・タイの着用を求められるのが一般的である。

  作者ドフトエフスキーは著作の中で「ドイツの田舎町はなんて淋しいのだろう」と登場人物に語らせている。しかし印象は人の心情に左右されるものだ。お金をすってばかりいた当時のドフトエフスキーの眼にはそう映ったのであろう。初夏 マロニエの若草色の葉が風にそよぐ季節、晩秋 枯葉が突風に舞う頃、ドイツの田舎はひっそりと穏やかでそれぞれが一枚の絵のようである。

 そんな絵になる景色を横目に、私が初めてヨーロッパのカジノを経験したのはドイツだった。しかも俗に言うビギナーズラックというやつで、まともにルールすらわかっていないのにも拘わらずそこそこ勝ってしまったものだから、憮然とした様子のギャンブラー達の視線が痛かった。そしてそのあぶく銭を握りしめ、最後の訪問地パリで同僚と一緒に白ワイン&豪華なシーフードプレートを注文した。ところが!である。生ガキにあたったらしく二人共 日本へ帰国の機内で四苦八苦する羽目に陥った。今となってはそれもいい思い出だ。